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2006.08.27

485系「雷鳥」撮影旅行記(その4)

午後はフリーキップのメリットを活かし、乗車に専念することに決定。
まずは、とにかく涼しいところでのんびりしたかったので、359Mで牛ノ谷から加賀温泉に戻り、加賀温泉発14:25の「しらさぎ7号」に乗車。
683系に乗るのは初めてだったが、さすがに新しい車両の乗り心地は良く、一般の乗客にしてみれば、同じ料金で485系に乗せられるのは、納得がいかないかもしれない。

Usi019_115:28、終点の富山に到着。
まだまだ時間に余裕があるので、高山本線に乗ることに。フリーキップ区間としては猪谷まで乗れるが、本数が少なく戻るのに時間が掛かりそうなので、途中の越中八尾まで行くことにした。
高山本線の乗り場の3番線ホームは、ホームの端におまけで付いているような小さなもの。隣の北陸本線と比べると、同じ「本線」なのに、まるでローカル私鉄のように見える。

Usi020_116:05、猪谷行き858Dは富山を発車。車両も、オモチャのようなレールバスタイプの2両編成。
利用者は大していないのだろうと思っていたが、意外に客は多く、席はほぼ埋まった。途中の駅でも、客の乗り降りが結構あって、一応、地域の足として成り立っているように見える。

Usi021越中八尾には16:25頃到着。半分ぐらいの客がここで降りた。どうやら、このあたりまでが富山の都市圏のようだ。
越中八尾駅は、典型的な非電化ローカル線の主要駅という感じで、駅舎や跨線橋が良い雰囲気を醸し出していた。
猪谷まで行けば良かったなぁと後悔しつつ、越中八尾発16:47の863Dで、富山に戻る。

Usi022金沢へは、のんびりと、富山18:03発の普通446Mで戻ることにした。
が、お盆休みの真っ只中なのに、意外に会社帰りのサラリーマンが多く、475系3両編成は、立ち客が出るほどの混みようになり、ボックスシートで「のんびり」という感じではなくなった。
途中の高岡に18:20頃到着。ここで、「しらさぎ16号」と「はくたか82号」に抜かれたが、どちらの自由席もガラガラ。
窮屈に乗っているのがバカらしくなり、次の特急で戻ろうと、ホームに降りる。ベンチに座って待っていると、高岡止まりの列車入線のアナウンスが流れ、振り向くと国鉄色の475系が入ってきた。
これはラッキー!

Usi023高岡発18:47の「北越8号」で金沢へ。
乗ったのは、6号車クハ481-1027。なつかしい簡易リクライニングシートだった。「雷鳥」の485系はなくなっても、「北越」は残る。国鉄色に戻してくれると良いのだが。

Usi024金沢に着くと、すかさず、金沢19:40発の「雷鳥48号」を撮りにホームを移動。
それにしても、485系を、コレほど近くで眺め、ホームに三脚を立ててじっくり写真を撮るのは、一体、何時以来のことだろう?

Usi025発車時刻ギリギリまで写真を撮り、三脚の脚を伸ばしたまま、「雷鳥48号」に乗り込む。
廃止されるまでにはまだ時間があり、もしかするとチャンスがあるかもしれないが、現実的には485系「雷鳥」に乗るのはコレが最後になる可能性が高い。

Usi026名残惜しかったが、加賀温泉で下車。
20:27発の「しらさぎ13号」で、再び金沢へ戻る。

今朝と同じように金沢駅構内のコンビニで夕食(おにぎり等)を買い、ホームのベンチで食べる。学生時代もそうだったが、撮影旅行の時の食事は質素、と言うか貧しい。
「日本海1号」等を見送りながら、「北陸」を待つ。

Usi027発車30分前の21:45頃、富山側から「北陸」が推進運転で入線。
それにしても、客車寝台に乗るのは思いっきり久しぶり。電車寝台は、昨年、「サンライズ出雲/瀬戸」に乗ったが、客車の特急寝台列車となると、中学時代に乗った「みずほ」以来である。

Usi028乗車したのは、7号車16番下段。
時間が遅いので、寝台は既にセットされている。
靴を脱いで、早速、自分の席に潜り込む。やっぱり足を伸ばせるのは楽だ。「能登」から変更して正解だった。

Usi02922:18、「北陸」は定時に金沢を発車。
まだ眠るには時間が早く、外を眺めていたいところだが、個室ではないのでガマン。
車内放送によると、今日は満員とのこと。
混雑する時期ではあるが、これだけ乗車率が高ければ、東海道のブルトレのような悲惨な状況には、まだまだならないような気がする。

Usi030長岡での運転停車までは何となく起きていたが、その後の上越線内は寝てしまったらしい。
大宮到着の少し前に、おはよう放送が流れる。カーテンの隙間から外を覗くと、雨が降っていた。

Usi0316:19、上野駅14番線に到着。
早朝のためか、地平ホームにはほとんど人の姿が見えなかった。

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