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2010.04.10

天ヶ谷鉄道の世界(その4)

(3)天ヶ谷線の生い立ち

「(1)国鉄天ヶ谷線」の最後に記述した「電化方式は直流/交流のどちらか?」という問いだが、直流機も交流機も走らせたいので、答えは当然「どちらも」になる。
さらに交直セクションも、同じ理由で、駅間にデッドセクションを設けた車上切替方式ではなく、黒磯駅のような地上切替方式が必要になる。大掛かりな地上設備が必要となる地上切替方式を採用するのは、チョット不自然だけど

このあたりの話も含めて、天ヶ谷線の生い立ちを語ると...

Tengayahis01a天ヶ谷線は、本来、人口20万人の城下町で、山あり川あり滝あり湖あり温泉ありの国内有数の観光都市である天ヶ谷市と首都圏とを結ぶ目的で建設された路線である。
開業当初より、首都圏直通の優等列車が設定されており、電化も、分岐するTH本線の電化に伴い、ローカル線としては比較的早い時期に電化された。

Tengayahis02aただ、天ヶ谷駅より先については、沿線の人口が少なく地形も山がちで、費用対効果が悪いことから、なかなか路線延長されなかった。
地元自治体を中心とした建設促進運動により、ようやく延伸計画が立案されたが、単線非電化というおざなりな内容だった。

Tengayahis03a一方、時代は高度成長期に向かい、TH本線はダイヤ改正の度に旅客も貨物も列車が増発され、過密ダイヤが問題化してきた。あまりの列車頻度に線路保守が追い付かず、一部では最高速度の低下を余儀なくされるという事態も生じ、過密ダイヤ解消が急がれた。
解決策として、天ヶ谷線をTH本線とOU本線とを結ぶバイパス線として活用する案が選ばれ、未開通部分は複線電化路線として建設、既開通部分は複線化され、今日に至る。
未開通部分の電化方式は接続するOU本線と同じ交流が選ばれ、交直セクションが必要となった。
既に交直両用車両が実用化され車上切替方式が主流となっていたが、交直両用電機の絶対数が少なく、直流機及び交流機を効率良く運用するため、天ヶ谷駅での地上切替方式が採用された。

チョット無理矢理だけど、こんな歴史

※次回予告タイトル「(4)天ヶ谷線を走る車両」

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